れんぬメモ

ちまちま書い……てない

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十一時頃、十五分おきにかけていたアラームで目を覚ました。何やら夢を見ていたが忘れた。新居に越してきてからというもの、良くも悪くも夢を見る。身体が休まりきっていないのだろう。

しばらくして眠い目を擦りながらブランチを作る。鶏もも肉を買っていたはいいものの生憎と調味料は最低限以下のものしかない。料理酒はもちろん小麦粉や片栗粉すらない。仕方なしに適当にマーガリンをマーガリンナイフでねぎ取り、だし醤油を回しがけて焼いた。これまた何となく買っていたほうれん草を洗って切り、焼き終えたフライパンで軽くソテーにして肉に添えた。後はトースト二枚もフライパンで焼き、それらをひとしきり食べ終えた後に野菜ジュースを飲んだぐらいだった。学生の一人暮らしにトースターを置く隙間はあまりない。

 

皿を洗う暇もなく、水を張っただけで必要な荷物を鞄に詰めて家を出た。土曜といえど今日は通院日なのだ、遅れる訳にはいかない。

地下鉄のホームに出て、イヤホンを挿す。どうやら予定通りの車両に乗れるらしいということを確認して、Gipsy Kingsのアルバム"Mosaïque"を流し始める。あまり大きな動きのない土曜日のSNSのタイムラインを覗きつつ、車両に乗った。スマホを一旦鞄に入れ、その手で鞄からサルトルの『嘔吐』を取り出して読み始めた。確かに訴えかけてくる文章と自分にはまず到底出せない表現力に舌を巻くものの、時々それが自分の中で空転して意味を見いだせないまま眼を滑らせる時もあった。昼の地下鉄はどこか眠たく、途中で路線を乗り換え損ねかけた。

それでも予定通りに午後二時過ぎの新高円寺まで辿り着いた。少し歩いて病院の手前に差し掛かったところでイヤホンを長押しし、音楽を止めた。アルバムも終盤に差し掛かっているところだった。

病院に着いてしかるべきものを受付に提出し、しばらくスマホを動かしていると順番が来た。部屋に入ってみれば、やはりいつもと変わらぬレヴィ=ストロースのような院長が座っている。

「お変わりはありませんか?」

「特にはありませんが引っ越しまして、食事がほぼ提供されていたのが自炊になりました」

「それは大変だね」

手元の書面を読みながらレヴィ=ストロースは相槌を打っていた。

「それ以外は変わりはないです」

そうして前回の採血の結果から次回の予定までひとしきりのことを話し終えると、いつものように採血室へ回された。採血をしている間、次の患者と院長の話が聞こえてきた。どうやら妊娠初期の女性らしい。この病院に通っているということは十中八九私と同じような既往があり、これまた同じような薬を飲んでいたに違いなかった。確かにその成分には胎児の催奇形性か何かがあった。妊娠が分かった時点で恐らく産婦人科の主治医とも話した上で薬の中断や何かもしているのだろうと考えを巡らせながら痛みを感じていると、針は抜かれた。

待合室に戻り、来院してから診察室に呼ばれるまでよりは少し短い時間で受付へ呼ばれると、案の定書類の更新の話になった。引っ越しした旨をここでも伝え、院内で保管してある書類と更新のためのメモ書きに必要なことを書き入れた。最後は大学が始まったかどうかの話になったので、原級留置から回復した旨なども話して薬局へと向かった。

薬局でいつもより多い一二〇日分の薬を受け取り、いつものマチモへと歩を進めた。

いつものように白鶏さんと挨拶を交わし、店内に入る。女性客二人が奥の席におり、べんさんもいつもの席にいた。その店員席に一番近いテーブル席の椅子に、私は羽織っていたものをかけた。その間にお冷とメニューと灰皿がテーブルに置かれていく。

「アニスチャイをアイスで」

メニューを渡して白鶏さんが下がる中、やはりべんさんは「酒じゃないんだ」とつぶやく。確かに昨日(マチモで呑む酒のことを)つぶやきましたけども、と返した。

鞄から手巻き煙草が入ったシガーケースとライターを取り出し、そのうちの一本を私は吸い始めた。新しく買った葉だったから、配分やら元の味やらを確かめるために燃やす先にはメモ書きがしてある煙草だった。

吸い終わった頃にチャイが届き、少し飲んで二本目に火を入れようとライターで先を炙りつつ軽く吸い込んでいると、バチッ、と嫌な音がした。煙草を吸いながら(いやまさかな……)と思いながら手鏡を開くと、右の前髪に茶けたものがついていた。平静を装いつつ取り払ってみると、やはり焦げた前髪なのだった。手を添えずに銜えた煙草に火を入れるものではない。

そんなこともありながら会話したりスマホを見ていたりすると、四時頃になって(設立した団体の)後輩が俳句甲子園の季語研究をしているらしい用紙の写真をDiscordのサーバーに上げていた。これはもしや自家版の歳時記を作るのに苦心しているのではなかろうかという気がしたので、グラスや喫煙具を安全な場所にやってからパソコンと電子辞書の歳時記を開いた。

会話に時々入りつつ、また途中べんさんが出入りする中で七時少し前まで打ち込んで完成させた頃にはパソコンのバッテリーもいい具合に減っており、しばらくネットの海をさまよった後に電源を落とした。

「何か飲むかい?」

気付けばチャイも氷ひとかけしか残っていなかった。

「じゃあ頼みましょうかね、デュカスタンを」

「ストレートで?」

「はい」

恐らく待っていた注文だろう。実際今日は私もそのつもりでいた。

デュカスタン・ファーザーズボトルというこのアルマニャックを出されてまず目が行くのはそのボトルのなりだろう。白地に赤で目盛り線と酔い具合が書かれ、頭には黄色い吸い口のようなキャップが付いている。哺乳瓶なのだ。私はこれをとある漫画で知ったのだが、時のフランスの首相が「国民はアルコールよりもミルクを飲め」と言ったのを逆手に取り「アルマニャックこそ我々のミルクだ」として売り出したのがきっかけだそうだ。ストレートで舌先を流れるアルコールには当然しびれるような浸透、あるいは水分の吸収される刺激を感じるが、いつになく甘い味わいを感じた。

アニメのストーリーラインの構成の話だとか若者文化がいつの間にやら教養になっていたりするという話だとかも交え、八時台に店を出た。

ふと外に出てみると、春だからか、あるいはいつもより早いからか、夜ながらも少し賑やかな通りを見られた。滑稽な動き方をする女子二人が少し前にいるのを見ながら歩きつつ、コンビニで軽食を買って地下鉄のホームに下りた。

そうしてまた行きの続きを聴き、読んだ。

 

執筆中BGM:Hector Lavoe "Revento"(Album)