れんぬメモ

ちまちま書い……てない

クマー! 進学するクマー!

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……はい。この中に私の番号がありました。合格です。なおインターネットでの発表はあくまで補助的なもので、正式発表は今日発送の速達で届く合格通知みたいです。住所にミスなどない限りはおおよそ届くものと思われるが。

そういや6年前も貼り出しで確認した後、速達で通知が来たんだっけか。昔は今ほど書類を眺めることがなかったから覚えが薄い。まぁ社会人になりつつあるという点では当たり前なのかもしれない。

んじゃ、後期の時の小旅行記でも書いときましょうかね。

 

前期が終わってから父が新幹線やらホテルやら手配してくれてはいたのですが、家族全員細かいところまでは気が配れていなかったようで。まず前期の合格発表とともに、私への相談なしにチケットの手配をなされていることを知りました。すぐに学割をつけ直して多少の額面を払い戻してもらったようですがその翌日、目の前の旅行の段取りを確認している時に気付いてしまいました。

(この旅程だと……下見できなくね?)

前期の時は13時から17時だったのである程度余裕はあったんですが(といってもあまり意識はしていなかった)、後期先は13時から15時、と。新幹線自体は14時43分着とかだったのでまぁタクシーを全速力で飛ばしてもマップで見る分には間に合わんだろうなと。

結局時間をより早くに変えてきてもらいました。その晩の食卓が沈黙のうちに荒れたことは言うまでもないですね。

 

しっかりその早めた行程で家を出ました。新快速で姫路まで出て、そこから新幹線で一本です。ちなみに新快速と新幹線に乗っている間は散々化重やってました。それでも数十問ぐらいしか進まなかったように覚えています。化重の理論から無機の差しかかりかけ辺りを解きつつ、時折窓の外を眺めつつ。お昼は11時半ごろに車内でサンドイッチとおにぎり、ブラックコーヒーとかそんなもんです。

で、熊本駅に着いたのが12時半とかそこらだった気がします。本当に時間を変えてもらって助かりましたね。助かったのは小間使い役の母も同じで、今回はホテルに荷物を預ける暇がありました。まさか阪大理学部が石橋からあんなに奥まったところにあると思わんやん?

ホテルから出て再び熊本駅へ向かうと、黒船のような駅の外形が見えました。駅から乗ったタクの運ちゃん曰く、熊本市街自体は熊本城を中心に発展していて、熊本駅周辺はこれまで何もなかったが、再開発で4月中旬に新しくアミュプラザなるものができるそうな。私としてはそのアミュプラザからメトロ書店の看板が覗いてたので親近感が沸きました。にしてもなんでメトロは神戸に店を出すのに三宮じゃなく御影クラッセを選んだんだろう。いやまぁ三宮だとジュンク堂とその他古書店で本屋は飽和してて、住吉のジュンク堂が遠いあの阪神御影近辺だとちょうどいいのは間違いないと思いますがね。

タクシーで20分そこらとかで黒髪のキャンパスに着きました。降車場でタクシーを降りて構内へ入っていくと、既に小ぶりな桜が咲いていました。流石に南日本だった。

構内の環境についてはそこまで問題なく、吟行の捗りそうな自然でした。ここにも存在している赤門の脇辺りの建物からそこそこ古そうな体育会だなんだの白地に青文字のベニヤが覗いてるのはご愛嬌ってところでしょうか。

そんなもんで大学を後にして、15時のチェックインまでゆっくり帰って時間を潰しました。大学の前で乗ったバスが途中のバスターミナル停まりだったのでそこからホテルまでは歩きです。

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ちょうどバスターミナルを降りた付近から天守を拝めたので、お城を見てくるというのはここで完了。近くを路面電車が走ってたのでその線路伝いで進みました。その道中が旧市街というかなんというか。なかなか古そうな建物と舗装かつ狭い歩道でしたね。いや築数十年の家に住んでるお前が何言うんやという話だが。

まぁ、路電伝いだったので路電用の橙色矢印の信号が見れたのは良かったですね。

 

さて、ホテルに着いて母が夕食の買い出しに出て戻ってきて。しばらくするとホテルが揺れました。NERVを見ると震度2だそうで。これが震度2か……と国道沿いの実家の日々の揺れを思い出すなどしていました。その数日後に同じ震源っぽいところで最大震度4との通知が入っていたので、試験当日はメンタル的に安定できる環境で良かったです……。

夕食はテイクアウトしてもらった大将のお任せコースの握り10貫とかで、マグロやサーモン、鯛やハマチに馬刺しの握りも混じってました。句の関係で顧問に奢ってもらった気がする松山以来2回目の馬肉でしたね。んでもって食べてみると、やっぱり赤身なので馬肉でも寿司が美味しい。九州の醬油が甘めなのもマッチしてた理由な気がします。ここ無茶苦茶ナーフされそうな気がする……。

食べ終わってから風呂に入って、そっから先は適当なBGMを流しつつ教科書の見直しやら生物の気になるところやら化重やらやってた気がします。

 

adalbrecht.hatenablog.com

これはその時聴いてたうちの一曲の話。鍵垢のツイートを見るに就寝は1時半ごろみたいです。

 

で、5時起床。寝苦しかったですね。朝はパンを食べましたが、同様に眠りが浅かった前期のように不随意に腕が動いてパンを落とす、なんてことはありませんでした。7時にタクシーを呼んでもらってあったのでそれに乗ってキャンパスへ。教科書の読み直しをしていました。混みだす前だったので前日よりかは早く着きましたね。

いざ着いてみると、軽く霧雨。7時半に控室として図書館が開くとのことだったのでそれまではこんな感じのところのベンチに座って読み直しをしていました。

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試験室の中は相当空いてました。私より受験番号が若い人が十数人いた気がするので、最初の速報の画像と合わせて考えれば実質倍率2倍前後とかってとこじゃないですかね。試験問題については普通に基礎事項見直しとけば問題ないレベルでしたね。そりゃここ1年かなり死んでた私でもなんとかなる訳ですから。

11時に試験が終わってバス停で待っている時、隣の人に「どこの高校から」と聞いてみました。聞き取った名前が間違いないようなら、福岡の偏差値40台ギリ前半の公立高校でした。人柄自体は良さそうでしたね。

お昼は駅ナカのお店で桜ユッケのセットでした。甘すぎるということはないにしてもやっぱり醬油が甘いですね。そんなこんなで買い込んだ土産を整理しつつ、なぜか熊本に出店してたtapikingのタピオカドリンクを買って新幹線に乗りました。何気に帰りが忙しかったのは、さくらが博多止まりのタイプなのでのぞみに乗り換えなければならず、のぞみはのぞみで姫路に停まらないタイプなので岡山でひかりに乗り換え、ってところですね。博多の乗り換えに至ってはホームが変わるにもかかわらず数分しかないもんですから大わらわでした。

結局18時ぐらいに家に着きました。後期試験の受験も結構な知見が得られる活動でした。

 

そういうことで、河合塾に入塾します。駿台も河合も学校法人だからタイトルは間違っちゃいないんですよね、ええ。

国立とはいえ、やっぱり研究機関としての質に疑問が出ましたね。大学当局のホームページから案内される理学部のサイトのネットインフラからどうにも微妙に感じるところが多いです。素直な大学なので学歴もリンク踏んで見れるようにしてくれているんですが、戻ってきた感じの教授が多そうで、知の再生産、というワードが脳内に浮かびました。その点、予備校巡りの最初の医進館で担当者から聞いた「もったいないかな」というのも納得がいきました。地金がどうこうとかいう話も絡むのは否めないでしょうけどね。

ちなみに認定としては駿台の方が結構ハイレベルなところまで出してくれてはいたのですが、その予約をした足で医進でない河合塾の校舎に向かって国公立向けの話を聞いたところ、この成績でどうやってやるんだろう、と考えをあらわにしてくださいました。そうです、私の成績良くないはずなんです。というか前日医進館で面談した記録が翌日には確認できる状況になってて、それを踏まえた上で面談するとか担当者の連携プレーがずるいなぁ……。いやその校舎にも行ってみるとは言ったけども。

ま、そういうことです。蓄え直します。

3/15雑記

無味乾燥なスマホの画面と向き合いながら早3日目になろうとしていた今日は、某塾の説明会でした。後期先へ入学するかどうかを考えるにしても、いよいよゴローニンがはっきり見えてきた気がします。ちなみにゴローニン提督、綴りは"Golovnin"なのでゴロヴニンだとかゴローブニンだとか多々表記揺れがWikipediaに記載されてます。あとなぜか肖像画の解像度が無茶苦茶低い。縁起だろうか。

行きに乗る新快速は後期受験以来、阪急は前期受験のメンタルズタボロ降車以来。行きも帰りもとてつもなく無の感覚でガルシア・マルケスの『失われた時の海』を読み返したり、同じ短編集に載っている『大佐に手紙は来ない』に手をつけ始めたりしていました。

新快速でインク壺からカードリッジがインクを吸い上げるように読んでみると……疑問符が飛んだ。改めて阪急で読みこぼしを拾っていくと物語の流れは掴めたものの……結局肝心なところが掴めない。そんな感じで『失われた時の海』を3、4回読み直していました。人間経験が足りないんでしょうかね。

 

さて、あまり文学そのものを広く見通せていない私がよりにもよってマルケス、それも短編集そのものよりは『失われた時の海』をピンポイントで読み始めたのかの流れをちょいとばかし書いておこうと思います。

全ての元凶はというと、父の趣味でした。

父がスペイン語をやっていたのをうちの婆さんも始め、私が生まれる頃には20年近いスペイン語界隈の基盤が出来上がっており、私自身もサンポーニャフォルクローレに使う竹っぽい材質の管がたくさんある楽器。日本だと湿気でカビが生えやすいらしい)を習っていたりしたことが。音楽としては、ラテン、フラメンコ、サルサ辺りを父の持ってたCDから吸収していきました。まあ自分のデスクの棚に入れてるCDのほとんどはジプシー・キングスですが。

で、そのCDの中に別のアーティストのものも混じっている訳ですが、その中の1枚が "Amor y Control" ——1992年発売のルベン・ブレイズのアルバムでした。本日2回目の誰得人名講座ですが、"Rubén Blades" を「ルベン・ブレイズ」と読むのは英語圏で、スペイン語圏では「ルーベン・ブラデス」的な読み方をするんだとか。

ブレイズ氏はご存命で、現在はウォーキング・デッドのスピンオフに出演していた宣伝ツイートから俳優業が主とお見受けています。が、70年代後半辺りから歌詞に政治的なメッセージも出始め、果てはパナマの大統領選に出馬して20%も票を得たという経歴もお持ちです。

で、ありありとラテンアメリカ社会を描き出したブレイズの歌に感銘を受けたある作家にはこんなエピソードがあるそうで。

 

ある作家は、新聞の編集者がジャーナリズムの本を膝に抱えていることについて「それを何のために?」と尋ねた。編集者が「学ぶために」と答えると、作家は彼に「ジャーナリズムを学びたいのならそれを捨てなさい、もっとルーベン・ブラデスの歌を聴きなさい」と言った。

(原文はこちら

 

その作家こそ、ガブリエル・ガルシア・マルケスでした。この話を知ったのはブレイズのアルバム"Agua de Luna" を聴いていて、明らかに曲調がいつもとは違うなと感じてググってみた時でしたが。

リンク先にも解説のある通り、このアルバムはマルケスの小説がモチーフとなっているのですが、『失われた時の海』は "Claro Oscuro" という曲になっています。

お待たせしました、なぜピンポイントに『失われた時の海』を読んだかを鍵垢のツイートでお見せしましょう。
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……はい。日付と時間でお察しください。複数解は捉えようです。

この後脳内で金属が螺旋を描きながら擦りきれるような感覚に襲われたらしいですが案外何とかなったらしいです。結果が出てこない辺り何とも言えないことに変わりないんですがね。

 

多分、マルケスの作品の「乾き」に共感してループしてたんじゃないかと思っています。ある村が建設されてからの流れを描いた『百年の孤独』、ラテンアメリカ統一の英雄の失意の晩年を描いた『迷宮の将軍』。目の前から黄金が幻と消えていくような感覚が、噛み合ったんだろうと。

ふと書いていて思い出したのですが、過去にループしていたブレイズの "Ojos de Perro Azul"(青い犬の目)も同名のマルケスの小説が元でした。またわからない短編なんだろうなぁ……。

厳しい講和(2625)

こちらのタイトルでググっていただくとhoi2のイベント集に行き着く訳ですが、フレーバーテキストとして読んでも読まなくてもまあいいです。おおかた何がどうだったかはお察しでしょう。

ということでひとまずは『お城の見物』をしようと思うのですが、今日の心境としては「……模試代わりにするとして数学か生物、どっちを取ろうか」といったところ。恐らく生物を取るでしょうが場合によっては変わるのかもしれない。阪大理科みたく時間中そのまま置いていてくれるのか、あるいは同志社理科(個別)みたく途中で回収が入るのかは情報を確認し損ねていますが、某知恵袋的には国立だから回収は最後でしょう、ってことらしいです。結局解けりゃいいんだよ解けりゃ。

さて、端的にこの模試になりそうな感覚について理由を立てると、

  • やっぱフットワーク的に関西に居たい気がする
  • 正直後期すら怪しいッス

というところでしょうか。なんでこの人ここ数日は牌を打ったり砲雷撃戦と開発に勤しんでたりしたんでしょうね。

何にせよ、現実は避けられんので。

今更頭から化重を解き直してみて間に合うかどうか、セミナー生物をぶち込む余裕があるのかはもう気力の問題ではない気がするが気にしたら負けだろう。ひとまず20日までは気休めの妹単を鉄壁に、豹房、あるいはアヘン窟こと青い鳥と雑多なソシャゲを棚のラノベとこのブログに切り替えようかと思います。どうせ歯止めがかからなかったらつぶやいてるんだろうが。

その点ブログってツイッタラーの蟄居にある種便利なんですよね。どうしてもつぶやきたい事象があったらざらざらまとめて外に流せて、かといって適当なツイートが流れてくるTLに張り付く心配もない。短文だったらまとめて雑感としても出せるでしょうが、一つのネタにある程度執着しているうちに文字数が増えるのでバシバシ記事が増えそうなんですよね。どうでもいいけど今書いてて次々話題が浮かんで途切れない配信主の感覚を味わってる気がする。

まあ、こんなところですかね。周りが思うより健康です!(要出典)

ごあいさつ+α

という訳で、Albertです。綾本陽羽などという名前で創作活動をしていたりもします。ご自身のツイ垢で急にフィリップ美公アイコンが消えて謎のジョージが現れたと思ったそこのあなた。そうです、どちらも私です。何とはなしに倦怠感から古いアカウントを脱ぎ捨てたくなり、消した次第です。恐らく3月末には復旧不可になるはず。

 

今後の方針

大学については前期で受かってくれるといいですが、余裕で後期にもつれ込むんだろうなぁ……と思っています。既に某私大に落ちてることが判明してる時点で察するに余りありますね。それなのになぜお前は散々HoIをやり込むのか。

とはいえ後期で受かっても環境によっては”仮面”も十分にあり得そうなので非常によろしくない。ただこれについては親から「”仮面”するぐらいならフツーに浪人しとき」と許可は得ているので、メンタルはともかく戦えるには戦える感じです。知り合いに文学部で単位を取りつつそれらしきことをしている方を見受けた気もしますが……まぁ気のせいでしょう。

 

創作については気分と相談しながら様子見で進めたいつもりでいます。現実逃避しようとして多作多捨を始めたりするようなことは私の怠惰な性質上まずないでしょうが、結社入りを果たして個人ブログで鑑賞文を書き始めている同級生たちには負けたくないところです。俳句の種蒔きは……俳句垢を作り直したら始めるのかもしれん。少なくとも今は個人環境に持ち込む気分ではない。

周りの創作人口が俳句に持っていかれてるせいで鳴りを潜めている小説については、原稿見直しつつどっかに公開できればいいなぁ……と。少なくとも某文芸連合の「息吹」に載せた原稿と載せる予定だった原稿は上げる気がします。

 

ではでは、後期が数学と物化生地の5科目から2科目選べとのことなので化生やってきまーす。